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  • 執筆者の写真Minako Hasimoto

小説『THE FOOL』愚か者



第一章 カード№0 THE FOOL 愚者

~新しい人生を受け取るための法則~


朝8時駅の構内は人の群れでごった返している。通勤ラッシュのプラットホームに滑り込んだ満員電車の中に、機械仕掛けの無表情な人々が同じような面持ちで吸い込まれていく。電車の中に詰め込まれていく人の群れはまるで心を奪われた人形のようで、最近よく見かけるAIと呼ばれる人形の方が表情豊かで幸せそうにも思える。

プラットホームの電光掲示板に書かれた行き先は、アウシュビッツと書かれているのではないかと思うくらいの光景が毎朝繰り返されていく。今朝は会社に向かう足取りが輪をかけて重たい。電車に詰め込まれカバンを握った手も中途半端に開いた足も、まるで運動会の徒競走でふいに写真を撮られた時の一コマのように身動きの取れない状態で、不格好のまま満員電車に揺られながら昨日の会社での出来事を思い出していた。

来月行われるプレゼン資料作成ミーティング中の出来事だった。楕円形の会議デスクの前に置かれたスクリーンの横に立ち、資料の内容を説明しようとすると、資料は完璧のはずなのに、皆の前に立つと言葉が出てこないのだ。しゃべろうとすればするほど、社命がかかった案件を自分が請け負うだけの人間ではない、そんなみじめな気持ちになり言葉が出てこない。

「くっ! 」

悔しさともどかしさで唇をかんだ。心のどこかで成功する自分に禁止令をかけているのだ。プレゼンのプロジェクター映像が流れる薄暗い会議室の沈黙を破るように、

「愚か者! お前はなぜみんなが出来る事ができないのだ! そんなことも出来ないのか」

会議室全体に部長の声が響き渡った。そんな言葉を浴びせられ立ちすくんで動けない。 冷ややかな周りの目線が自分をさらにどん底に陥れていく。今まで、他人の顔色をみながら生きて来た自分にとって、周囲の冷ややかな反応を感じるほど声が出せなくなっていく。 周りに認められない事実が、(自分という人間は生まれて来なければよかったのかもしれない)そんな気持ちにさせるのだ。『FOOL(なんの価値もない愚か者)』それが自分なのだと。

満員電車に揺られながら、身動きの取れない体と同様、頭の中では同じ場面が繰り返し流れている。そして、(思考は現実化する)そんな言葉が脳裏をかすめていく。

それは数週間前に、自分の人生を変えたいと一念発起してAmazonで購入した本に書かれていた言葉である。考えてみれば、今まで周りの顔色を伺いながら生きてきた自分がいる。自分は常に誰かの期待に応えるために生きてきたのかもしれない。誰かに褒められれば幸せを感じ、認められない時は不幸を感じている。自分の幸不幸を他人に委ねて生きてきたのだ。そんな自分の一番のお願い事は、安全な人生と引き換えに『愚か者でいること』なのだ。その恐ろしい事実に気が付いてしまった。そう、思考は現実化するのだ。同じことを繰り返し生きていれば同じ未来が続いていく。どんな未来を受け取るのかは、手に取るように想像できる。誰かの価値観という柵の中で、まるでゲージの中に閉じ込められたハムスターのように、カラカラとラットレースの輪を命尽きるまで回り続けるのだ。 寿命を切り売りして手に入れた給料という餌を与えられ、生存維持のために生きている自分は、この先も生きてはいけたとしても、心が空っぽになっていく気がする。少なくとも今の生活は、小学校で書いた卒業文章にある【将来の夢】には書けそうもない毎日を送っている。彼の心は誰かの期待で作り上げられたゲージから抜け出したいと叫ぶ。

世間でいう成功とやらは、ゲージの外のデンジャラスな世界にしか存在しないのだろう。心も体も、このラットレースを抜け出したいと、何度も、何度も心は叫ぶ。

(今すぐに電車を飛び降り、自分の足で大地を踏みしめて軽やかに歩いてみたい)この殺伐とした世界で生き残って行くために、心の奥にあるパンドラの箱に鍵をかけ、閉じ込めてきた熱い思いが暴れ出す。しかし現実の自分は、満員電車に揺られながら、隣に乗り合わせたみず知らずの綺麗な女性のヒールに足先を踏まれ続けている。革靴の中にある親指は、電車が揺れるたび襲ってくるヒールの攻撃を避けるため、狭い革靴の中でとめどなく居場所を探し続けている。足を踏まれているのに、言い出せないでいることが自分をみじめにさせる。列車の窓に映る、青白い顔で不格好な自分の姿に言い聞かすように、

「みんなも狭い中、我慢しているのだから」

とか、

「相手も動けないのに仕方ないじゃないか」

とか、頭の中で勝手に色々な理由を見つける自分がいる。だが、結局は自己主張して嫌われることが怖いのだ。そんな自分に嫌気がさす。昨日の夜は眠れずに過ごしたせいか、それとも足の痛みのせいか、額には冷や汗が滲み、意識もだんだんと遠退いていく。(やばい! ) そう思った瞬間、視界が揺れた。ちょうどその時、電車が駅に到着したので、慌てて途中下車をしてホームに降りると、見知らぬ駅で、目の前には真っ白の霧が広がり人影はない。手探りで改札口を出て、しばらく歩くと白い霧が少しずつ晴れ、自分がいる場所の様子がぼんやりとうかがえた。倒れる前はいつもの満員電車だったはずだ。しかし、今自分のいる場所は、あきらかに先ほど乗り合わせ路線の駅ではない。そんな駅は存在しないのだ。

足下に目をやると、今朝、玄関で履いたはずの通勤靴が、布を継ぎ接ぎにしたボロボロの登山靴に変わっているではないか! 服装も違っている。今朝の記憶を辿りながら足元から順に目線を移しながら体を触ってみる。確か、いつもと同じ紺色リクルートスーツを着て出勤したはずだ。なのに、よれよれのズボンに薄緑のコートをまとっているようだ。コートはゴワゴワとした感触がする。背後に手を回してみると、背中には、リュックを背負っていて、使い古したような手触りのコットンで底には穴が空いている。上に目をやると、頭にはつばの広い帽子まで被っているではないか! 帽子の横には羽根が刺してあり、それはまるで、アドベンチャー映画の主人公のような出で立ちだ。しかし、なぜだかいつものスーツよりもしっくりと身体に馴染むのだ。

今何が起こっているのか全く理解できないまま、魂が抜けたみたいに、しばらくはぼんやりと、橋の上にたたずんでいた。どれくらいの時間が流れたのだろう、我に返り、落ち着いて周囲を見渡すと、見たこともない古びたアーチ型の石橋に立っている。様子をうかがってみる。どうやら橋の中腹当たりにいるようだ。その石橋は、少し朽ちた感じの苔の生えた石が連なって出来ており、今にも崩れ落ちそうに思える。人でむせ返る電車の中とは違い、橋の上は、雨が上がった後、山中にいるようなここちよい香りがする。橋の下はまだ霧がかかっていてよくは見えないが、切っ先の岩がたくさんあり、非常に危険な感じに思える。覗き込むと、身体ごと吸い込まれて行くような感覚を覚え、意味のない不安に襲われた。顔を上げると、背後には、グレーに見える高層ビルの街並みが広がり、通勤電車の路線が幾重にも張り巡らされているのが見える。それは、さっきまでいた街並みだ。遠くから見ると、機械仕掛けで、とても殺伐としている。あの街の中で、来る日も来る日も、人の群れに流されながら、同じ日々を送っていたのだ。目的もなく、ただ生きるために毎日を過ごしてきた日常が、遠くに見える。そして、橋の反対側には町らしきものがあり、そこに続く道は曲がっていて先に何があるのかは、橋の上からはよく見る事ができない。ついさっきまで、通勤ラッシュの電車から今すぐにでも抜け出したいと願った自分であったが、今は全く違う場所に立っている。またあの言葉が浮かんだ。(思考は現実化する)

今、自分はここにいるのだ。もうグレーの高層ビルの町には戻れない。心が空っぽのまま生きていた昨日までの自分には戻りたくない。だから、先の見えない道に続く、危なっかしい橋を渡る以外にない。いつもは、心が叫ぶことと、頭で考えることは違うのに、今回は初めてどちらもそう思える。ここから‟THE FOOL”という名壮大な冒険が始まる予感がした。どこからともなく青い鳥が飛んできてフールの頭上で囁いた。

「人生は壮大なる冒険の旅路。でも、初めてのことばかり」

青い鳥は、言葉を続けた。

「だから 愚か者(fool)でいいさ。失敗してもその経験が目的地に導いてくれるから」

その言葉を聴き、フールは心の中で叫んだ。

「誰かの期待に応えるため生まれて来たわけではない。‟本当に生まれてきてよかった”そう思える場所に自分を運んでいきたい」

青い鳥がフールの頭上で何度か周り、未来の街に消えていった。まるでフールの旅立ちをダンスで祝福しているように思えた。頭上には晴れ渡る雲一つない青い空が広がっている。フールは青い鳥の後を追うように歩き始める。橋の下には恐れや恐怖がうごめいているが、彼の眼には未来に続く道だけが写っている。フールの背中には背負われた重い荷物の中から、リンゴ(知恵の木の実)が転がり落ちたがそのことに気づいてはいない。いや、気が付いてはいたが、今は不必要な物のように思える。パッション(情熱)だけが人生を変えてける唯一の物だと信じているフールがいた。

*運命とは、最もふさわしい場所へと、あなたの魂を運ぶのだ。シェイクスピア



【解説編】

0 THE FOOL

FOOLの意味は「再出発」や「恐れ」を知らない愚か者という意味があります。

この物語に出てくるFOOLはこの世に生まれて来た無垢な魂を表しています。人間としての成熟を目指して、22枚のタロットに隠されたこの世の法則を見つけるための旅をします。

自分に自信が持てないでいる主人公フールが日常の中で迷い、自分を見失い絶望の中でアクシデントに見舞われ、満員電車の中で気が付くとタロットの世界に迷い込んでいきます。そのタロットの世界での経験は、自分は今まで現実の世界で、誰かの期待に応えるため人生を生きて来たことに気が付きます。

人は産まれた時、親や周りの人の助けを借りなければ生きていけない環境に置かれます。その依存状態から、少しずつ自我が芽生え自立へと成長していくのです。しかし、家族や大切な人との間で、依存と共依存状態の習慣が大人になっても続いていくと、自分自身に自信が持てず、被害者意識にとらわれやすいなど生き辛さを抱えてしまいます。そして今までの自分を変えたいと心が叫ぶ中、フールは本当の自分を探す旅に出かけます。

カード№0に出てくる不安定で崩れそうな石橋は、成長していく事は危険を伴い本当の成長は安全地帯の向こう側にあることを表しています。石橋の下にある尖った岩は、恐れやリスクを現しています。その橋を渡ることで、誰かの期待を外し、本当の自分の人生が始まります。

フールは、タロットの世界で、運命の本当の意味にたどり着きます。それは、誰かに与えられた人生を演じるのではなく、この世に生を受けた自分の魂を自分が決めた場所に運んでいくために生まれて来たのだということです。  

そして、自分はそのために生まれて来たという事実にたどり着きます。

リュックから落ちたリンゴは知恵の木の実を表しています。情熱だけで進むフールには、落ちたリンゴは見えておらず視野の狭さがうかがえます。

物語の中でフールは次第に成長を遂げていきます。


【イラスト解説】

まえがき

まず前提として、一連のイラストはライダー版タロットカードを元にしたオリジナルのタロットカードのために描かれた絵です。22枚の絵は、大アルカナと呼ばれる0~21番からなるカードを元に構成されています。

それぞれのカードごとにテーマがあり、本来のタロットでも一連は0番のカードFoolの旅として見るそうですが、ここではもっと強くその意味を押し出し、その一場面一場面を主人公フール君が経験し成長していくというひと続きの物語として描いていきます。

それぞれのカードごとにテーマがあるように、一枚の絵にはあらゆるモチーフ・表現にそのテーマへ繋げる意味が込められています。ここではイラスト作者であるhinaReuがそれぞれの絵に解説を添えさせて頂きます。絵の中のフール君が旅立ってから世界を知るまでの間、どうぞお付き合い下さい。

hinaReu


№0 THE FOOL 愚者



【主人公の顔】

空の方、その先を笑顔で見上げており、旅立ちの日に未来に希望を膨らませている。

【主人公の視線】

石橋から見上げる景色は晴れやかな空しか見えず、石橋の下に広がる混沌とした世界には気づかない。彼フール君はすぐそこにある危険にも気づかず、とても安心し楽しんでいる。その姿がフール(愚者)そのものである。

【破れた風呂敷】

あれだあこれだと詰めた荷物も、結局は軽くなってしまった。旅立ちの日は足だけでなく荷物も軽い。気楽に行こうじゃないか。その方が、身のこなしも軽くて楽しい。

【落ちたりリンゴ】

一般的なタロットカードで0番といえば「愚者:fool」である。キリスト教の観点でリンゴは知恵の実と称されることから、彼フール君は旅の先に気を取られてリンゴ(知恵)を落とした、正真正銘の愚か者である。

【足元の世界】

石橋から見上げた世界とは裏腹に混沌としており、落ちれば無事では済まない世界が広がっている。柱から死の化身・死神猫(13番の絵で登場)が身を潜めている。ただ、この場面だけでなく、死はフール君の旅であらゆるところに潜んでいる。

【傍の鳥】

この鳥はフール君の旅のお供であり、フール君の精神的なもの、真相の素質だったりの象徴でもある。今後のイラストではぜひ気に留めていただきたい。


第二章 カード№I THE MAGICIAN マジシャン ~パラダイムシフト~へつづく…


<目次>

小説編【 THE FOOL 愚か者 】

Chapter.1 カード№0. THE FOOL 愚者 ~新しい人生を受け取るための法則~

Chapter.2 カード№1 THE MAGICIAN マジシャン ~パラダイムシフト~

Chapter.3 カード№2 HIGH PRTESTESS 女教皇 ~心の浄化~

Chapter.4 カード№3 EMPERESS 女帝 ~豊かであるが故の虚しさと本当の豊かさの行方~

Chapter.5 カード№5 HIERPHANT 法王 ~ワンネスの世界~

Chapter.6 カード№4 EMPEROR 皇帝 ~存在価値~

Chapter.7 カード№6 LOVERS 恋人たち ~おぼろげな世界~

Chapter.8 カード№7 CHARIOT 戦車 ~焦り~

Chapter.9 カード№8 JUSTICE 正義 ~エンパワーメント~

Chapter.10 カード№9 HERMIT 隠者 ~悟りの向こう側~

Chapter.11 カード№10 WHEEL OF FORTUNE 運命の輪 ~輪廻~

Chapter.12 カード№11 STRONGTH 力 ~本当の強さとは~

Chapter.13 カード№12 HUNGED MAN 吊るし人 ~ 視点を変える ~

Chapter.14 カード№13 DEATH 死神 ~新しいステージ~

Chapter.15 カード№14 TEMPERANSE 節制 ~陰と陽の真ん中にあるもの~

Chapter.16 カード№15 DEVIR 悪魔 ~劣等感から来る支配欲によるコントロール~

Chapter.17 カード№16 TOWER 塔 ~内在する光~

Chapter.18 カード№17 STAR 星 ~ 進化 ~

Chapter.19 カード№18 THE MOON 月 ~潜在意識の奥側にある恐れという物の怪~

Chapter.20 カード№19 THE SUN 太陽 ~グランド・ゲート~

Chapter.21 カード№20 JUDGMENT 最後の審判 ~決断~

Chapter.22 カード№21 THE WORLD 世界 ~ 魂のふるさと ~


~ see you next time~

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